オプション取引入門講座 第8回 オプション価格評価法

オプション取引入門講座 第8回 オプション価格評価法

金融大学(金融大学講座)

オプション取引入門講座 第8回 オプション価格評価法

1.オプション価格の計算は、なぜむずかしい?

 

◆リスクへの投資家の態度

 

オプション価格を計算する方法をオプション価格評価法と呼んでいます。オプション価格は、売り手と買い手の双方が納得のいく価格(均衡価格)として求められます。投資家は、リターンだけではなく、リスクの大きさを勘案して投資判断をしています。

 

投資家が、リスクの低い金融商品を好んで投資する傾向をリスク回避度といいます。リスク回避度には個人差(余裕資産の有無や投資経験、投資家自身の性格や好みなど)があり、一概に推定できません。そのため、この投資家のリスク回避度をどう扱うかがオプション評価法のテーマとなっています。

 

◆将来の不確実性

 

オプション価格とは、オプションの権利の値段のことで、プレミアムとかオプション料と呼んでいます。オプション価格は、そのオプションがどれくらいの価値を持っているかを表わします。

 

オプション価格は、満期日の原資産価格(株、為替、債券などの価格)と行使価格の差額です。行使価格は予め決まった価格ですから、オプション価格は、原資産価格の動きに依存して決まることになります。そのため、オプション価格を決めるポイントは、原資産価格の動きをどう予測するかにあります。「実際の原資産価格の変動の様子」に類似する「数学で扱える変動過程」を探し出すことが、オプション評価法を考える際のもう1つのテーマとなっています。これは、どのような確率過程を現実の価格変動過程に当てはめられるか、という「当てはめ」を考える問題です。

 

オプション価格評価法

 

≪オプション価格の計算手法≫

 

オプション価格の計算は、(1)原資産価格の動きを予測する、(2)原資産価格の動きを方程式にする、(3)その方程式を解く、の3つのステップで行われています。

 

(1)原資産価格の動きを予測する

 

オプション価格の計算は、原資産価格の変動を予測することから始めます。原資産価格の変動過程は複雑です。原資産価格の動きは、長期間でみると予測は不可能ですが、ごく短期間でみると上がるか下がるかという単純な動きに置き換えることができます。

 

原資産価格の変動は、(A)原資産価格が上がる、(B)原資産価格が下がる、という2つの動きに単純化して捉えられます。すると、上がるか下がるかという単純な動きを繰り返すことで、複雑な振る舞いをする価格の変動過程を想定することができます。

 

これは、原資産価格が時間とともにどのような確率で変動するのか、という確率過程を考える方法です。オプション価格の予測は、原資産価格の変動に物理現象でよく知られている確率過程をあてはめて行っています。この確率過程のことをウィーナー過程といいます。

 

参考 : ウィーナー過程

 

(2)原資産価格の動きを方程式にする

 

オプション価格の計算は、原資産価格の変動とオプション価格の変動を方程式で表わします。

 

方程式とは、ある特定の値を代入したときにだけ成り立つ等式のことです。例えば、100キロの道程を2時間で走る自動車の時速を求める際には、「時速×2時間=100キロ」という計算式を作ります。これが方程式です。これを解くと、時速は50キロと計算されます。

 

方程式には、(1)連立方程式(代数方程式)、(2)微分方程式、の2種類があります。連立方程式(代数方程式)と微分方程式の違いは、計算期間の長さにあります。

 

◆連立方程式(代数方程式)

 

連立方程式は、XやYという代数を使って計算するもので、代数方程式ともいいます。数学の教科書で馴染みのある等式で、一組の等式で表現されることから、一般に連立方程式といいます。

 

連立方程式は、1時間とか1日といった短期間の変化を等式で表現したもので、これを使って解く計算方法を数値計算法と呼んでいます。

 

参考 : 連立方程式の計算

 

◆微分方程式

 

微分方程式は、微小時間あるいは瞬間の変化を等式で表現したもので、あまり馴染みのない等式です。微分方程式を使って解く計算方法を解析法と呼んでいます。連立方程式(代数方程式)における時間の間隔を1分、1秒と短くすると、微分方程式で解いた答えと一致します。

 

オプション評価には、複数の変数を使った微分方程式を利用します。これを偏微分方程式(へんびぶんほうていしき)と呼んでいます。

 

偏微分方程式
オプション価格評価法
∂:ラウンド・ディ(偏微分を表わす記号)、t:微小時間、C:コールオプション価格、r:安全金利(非危険利子率)、S:原資産価格、σ:シグマ(予想変動率)
     ↓
ブラック・ショールズ・モデル ※偏微分方程式より導出
オプション価格評価法
※この計算式については、オプション9回で説明します。

 

(3)その方程式を解く

 

先に説明した方程式は、短期間の変化を解き明かす方程式です。今、求めようとしているオプション価格は、3ヶ月や半年という長期間のオプション価格です。長期のオプション価格は、短期間の変化(短期間のオプション価格)を集計することで求められます。

 

◆解析法(微分方程式)

 

解析法では、微分方程式を解くことで、長期間のオプション価格を計算するモデルを導き出します。これを積分するといいます。

 

微分方程式を解いて導出したモデルがブラック・ショールズ・モデルです。解析法で導出されたモデルには、計算が早いという長所があります。

 

◆数値計算法(連立方程式)

 

数値計算法では、連立方程式を繰り返し解くことで、長期間のオプション価格を計算しています。

 

数値計算法を解いて導出したモデルが2項モデルです。数値計算法で導出されたモデルには、微分方程式では解けない問題に近似解を与えてくれるという長所があります。

 

オプション価格評価法

 

 

 

2.オプション価格評価理論

 

オプション価格評価理論とは、売り手と買い手の間で成立する均衡価格を求める原理を説明するものです。均衡価格の求め方には、(1)原価から計算する方法、(2)売価から計算する方法、の2通りの考え方があります。

 

≪原価から計算する方法≫

 

原価から計算する方法とは、商品を作るのに必要な原材料費から商品価格を計算する方法です。オプションを作るのに必要な原資産と負の安全資産から、商品価格を計算する方法です。
ここでは、原価から計算する方法を無裁定価格評価法と呼ぶことにします。

 

◆無裁定価格評価法

 

無裁定価格評価法とは、原資産とオプションを組み合わせて安全資産を複製する方程式を作って解く方法です。安全資産への投資には、リスクなしに利益を得る裁定機会が存在しないところから、無裁定価格評価法という名前が付いています。原資産とオプションをうまく組み合わせれば安全資産が複製できることを利用して、値のわかっている安全資産の価格から、方程式を使ってオプション価格を逆算する方法を説明しているのが無裁定価格評価理論です。安全資産にはリスクがなく確定収益率(リターン)のみで均衡価格が決まる点に着目したところに理論の妙味があります。

 

標準タイプのオプション評価モデルは、無裁定価格評価理論から導出されました。ブラック・ショールズ・モデルと2項モデルは、いずれも無裁定価格評価理論を評価原理にしています。
ブラック・ショールズ・モデルは、1973年にマイロン・ショールズ氏とフィッシャー・ブラック氏が無裁定価格評価理論を使って導出に成功し、オプション評価理論の先駆けとなったモデルです。

 

≪売価から計算する方法≫

 

売価から計算する方法とは、同業他社がいくらで商品を販売しているのかという情報から、各社の販売価格の平均値を計算する方法です。これをオプションに当てはめると、予想される満期日のオプション価格が実現する可能性である「確率」を用いて平均値を計算する方法と言い換えられます。
ここでは、売価から計算する方法を期待値計算評価法と呼ぶことにします。

 

◆期待値計算評価法(リスク・ニュートラル評価法)

 

期待値計算評価法とは、満期日のオプション価格の期待値を計算する方法です。期待値とは、確率を使って計算する予想平均値のことです。期待値は、偶然に起こる事柄を判断するための基準として広く利用されています。オプション価格が20円である確率が50%、0円である確率が50%のとき、予想平均値は10円(20×0.5+0×0.5=10)と計算されます。

 

均衡価格の決定には、投資家がリスクに対してどういう態度をとるかが問題になります。危険資産(原資産)と安全資産(預金や満期所有の債券などの非危険資産)の予想収益率が同じ場合、投資対象として安全資産が選択されるのが普通です。これは、投資家がリスクを考慮に入れて投資を行うからです。この投資家のリスク回避度(選好度)には個人差があり、その大きさは測定できない数値です。

 

そのため、期待値計算評価法では、リスク中立を仮定して計算を行います。リスク中立仮定とは、投資家がリスクに関心を示さず、期待収益率だけで投資判断をすると仮定することをいいます。つまり、期待値の計算は、リスク回避度=ゼロと仮定して行っています。この計算法をリスク・ニュートラル評価法と呼んでいます。

 

◆いろいろな期待値計算評価法

 

期待値計算評価法には、ほかに、モンテカルロ・シュミレーション法、マルチンゲール評価法などがあります。

 

モンテカルロ・シュミレーション法

 

モンテカルロ・シュミレーション法では、コンピューターに乱数を発生させて原資産価格の予測を行い、満期日の原資産価格の変動を予測します。こうした予測を数千回、数万回と行い、予測された原資産価格から各々のオプション価格を求めて合計します。これを試行回数で割った平均値を満期日のオプション価格とする方法です。これを安全利子率(短期金利)で割り引いたものが現在のオプション価格となります。

 

マルチンゲール評価法

 

マルチンゲール評価法とは、マルチンゲールという確率過程を使ってオプション価格を計算する方法です。マルチンゲールとは、ドリフト率(ある一定方向への変化傾向)がゼロの確率過程のことを指します。公平な賭けを行った場合の確率過程として知られています。

 

マルチンゲールは、現在の原資産価格と期待値が等しくなるような確率過程です。簡単にいうと、短期金利が0%である場合に、現在の株価が100円ならば期待値も100円となります。将来の原資産価格の期待値を現在価値に割り引いたものが、現在の原資産価格に等しくなるような確率過程です。これは、効率的市場のもとでは、新たに予期せぬことが起こらないかぎり、期待値は現在価格と変わらないはずだという考えに基づいています。
※効率的市場とは、売り手と買い手の間で情報が十分にいきわたっている市場をいいます。

 

オプション価格の計算で、ウィーナー過程に代えてマルチンゲール(確率過程)を仮定すると、これまで解けなった解析法での解が得られるというところに注目が集まっています。

 

マルチンゲール評価法は、1979年にマイケル・ハリソン氏、デビット・クレプス氏、スタンリー・プリスカ氏等がオプションの評価に確率論の研究成果を応用したことにより、脚光をあびるようになった手法です。近年、リスク・ニュートラル評価法に代わって研究されている評価法です。

 

オプション価格評価法

 

 

 

3.オプション評価理論の本質

 

≪無裁定価格評価法の本質≫

 

無裁定価格評価法の原理は、安全資産のリターンが確定していることを利用するところにあります。原資産という危険資産をオプションという危険資産でヘッジ(リスクを回避)すると、お互いのリスクが相殺されて安全資産が作れるところが理論の着眼点です。この複製された安全資産を無裁定ポートフォリオと呼んでいます。原資産をオプションでヘッジすると、安全資産を保有するのと同じ収益が期待できます。

 

ここで、Δ(デルタ)は、原資産相当額への換算比率を意味しています。これを最適ヘッジ比率と呼んでいます。Δ(デルタ)=0.5である場合、オプションを1単位保有する代わりに、0.5単位の原資産の保有に置き換えられることを意味します。

 

Δ単位の原資産-オプション=無裁定ポートフォリオ

 

 これを方程式にすると、 

 

Δ単位×原資産の変化-オプションの変化=安全資産の変化 

 

(Δ単位×原資産の変動収益-オプションの変動収益=安全資産の確定収益)

 

 という方程式が作れます。オプションをマイナスとしてあるのは、オプションを売り持ちにして
 いるという意味です。

 

 上記の式を変形すると、オプション価格を計算する方程式になっていることがわかります。 

 

オプションの変化=Δ単位×原資産の変化-安全資産の変化

 

このように、収益率が変動する危険資産を同じ危険資産でヘッジすると、リスクが相殺されて安全資産として扱えるというところに無裁定価格評価理論の原理があります。

 

しかし、リスクのない状態にあるのはごく短期間の間だけで、原資産価格の変動に合わせてヘッジ比率を変えていくことになります。このヘッジ手法をダイナミック・ヘッジングと呼んでいます。

 

◆オプションの本質的な意味

 

無裁定価格評価理論では、オプションの本質的な意味を「ヘッジ」に見ることができます。これは、2つのことを示唆しています。

 

(1)オプションは、原資産を売買することで、オプションのリスクはコントロール可能である。
これは、原資産を売買すること(ダイナミック・ヘッジング)でオプションのリスク管理ができることを説明しています。

 

(2)原資産を使って、オプション商品がつくれる。
これは、ダイナミック・ヘッジングで原資産を保有すれば、オプション商品が作れることを説明しています。

 

≪期待値計算評価法≫

 

期待値計算評価法では、平均値という代表値を計算します。危険資産の価格変動を確率分布という範囲で捉え、その範囲の代表値として平均値を計算するものです。平均とは、個々の値をならすという意味です。

 

◆オプションの本質的な意味

 

期待値計算評価法では、オプションの本質的な意味を「平均の計算」に見ることができます。これは、2つのことを示唆しています。

 

(1)平均によるリスク低減効果

 

これは、リスク分散の効用を示唆するものです。近代ファイナンス理論は、リスクとリターンで投資を考える理論です。ポートフォリオ選択論(証券投資論)では分散投資をすることでリスク低減効果があることを教えています。このモデルは、リスク(変動率)とリターン(期待収益率)を尺度に投資を考えた理論です。この変動率と期待収益率は、いずれも平均値を計算したものです。期待収益率は予想平均値を、変動率は期待収益率からの離れ具合・ぶれ具合の平均値を計算したものです。

 

(2)平均を代表する商品との関係性を使って、ポートフォリオの総合管理ができる

 

これは、平均という代表値を尺度にして他の資産との関係性を見つけることで、ポートフォリオの管理ができるというものです。CAPM(資本資産価格モデル)は、市場ポートフォリオという平均と個々の証券との連動性からポートフォリオ価値を計算するモデルです。
※ポートフォリオとは、金融資産の組合せのことをいいます。

 

例えば、信用リスクと市場リスクの間の関係性がわかれば、クレジットデリバティブ商品を株式オプション(マーケットデリバティブ)で作りだせることを説明しています。

 

クレジットデリバティブ(ある会社の債務保証)を行うのに、「株式の空売り」をしておくことで、この商品を作り出すことができます。会社の信用度が下がっていく過程で、株価が下がっていくという関係に注目したヘッジ方法です。信用度と株価の間に関係性が見つけられれば、異種デリバティブ商品を創出できるという一例です。

 

オプション価格評価法

 

おことわり

 

(1)この講座で使用した「期待値計算評価法」という用語は、説明の便宜上、著者が作った造語で、一般には使われていない用語です。

 

(2)この講座では、説明の便宜上、「オプション価値」と「オプション価格」という用語の使い分けをせず、すべて「オプション価格」に統一して表記しています。

 

 

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まとめ

オプション評価法の課題
  均衡値を求めるのに、投資家のリスク回避度がわからない
  将来の原資産価格の予測がむずかしい
オプション評価の手順
  1.原資産価格の予測
  2.方程式を作る(代数法方程式、微分方程式)
  3.答えの集計(数値計算法:代数方程式の繰り返し計算、解析法:積分する)
オプション評価理論
  無裁定価格評価理論…安全資産価格の期待収益率は確定 リスク=0
                 理論の本質 --- ヘッジ
  期待値計算評価理論…リスク中立仮定 リスク=0
                 理論の本質 --- 平均
    ◆モンテカルロ・シュミレーション法
       ・コンピューターに原資産価格を予想させる方法
    ◆マルチンゲール評価法
       ・リスク中立仮定を満足させる確率過程
       ・微分方程式が解きやすくなる

 

 

問題と解答
  1. オプション価格を計算する方法をオプション価格●●法と呼んでいます。オプション価格の計算は、●●●価格の動きを予測する、原資産価格の動きを方程式にする、その方程式を解く、の3つのステップで行われています。
  2. (答え)評価、原資産

  3. オプション価格の予測は、原資産価格の変動に物理現象でよく知られている●●過程をあてはめて行っています。この確率過程のことを●●●ナー過程といいます。
  4. (答え)確率、ウィー

  5. 連立方程式は、1時間とか1日といった短期間の変化を等式で表現したもので、これを使って解く計算方法を●●計算法と呼んでいます。数値計算法を解いて導出したモデルが●●モデルです。
  6. (答え)数値、2項

  7. 微分方程式は、微小時間あるいは瞬間の変化を等式で表現したもので、これを使って解く計算方法を●●法と呼んでいます。微分方程式を解いて導出したモデルがブラック・●●●ルズ・モデルです。
  8. (答え)解析、ショー

  9. ●●●価格評価法とは、原資産とオプションを組み合わせて安全資産を複製する方程式を作って解く方法です。●●●計算評価法とは、満期日のオプション価格の期待値を計算する方法です。
  10. (答え)無裁定、期待値

  11. 無裁定価格評価法には、●●ック・ショールズ・モデル、2項モデルがあります。期待値計算評価法には、リスク・ニュートラル評価法、●●テカルロ・シュミレーション法、マルチンゲール評価法があります。
  12. (答え)ブラ、モン

  13. リ●●・ニュートラル評価法では、リスク中立を仮定して計算を行います。モンテカルロ・シュミレーション法では、コンピューターに乱数を発生させて原資産価格を予測します。●●チンゲールとは、現在の原資産価格と期待値が等しくなるような確率過程です。
  14. (答え)スク、マル

  15. 原資産という危険資産をオプションという危険資産で●●●すると、お互いのリスクが相殺されて安全資産が作れます。この複製された安全資産を●●●ポートフォリオと呼んでいます。原資産をオプションでヘッジすると、安全資産を保有するのと同じ収益が期待できます。
  16. (答え)ヘッジ、無裁定

  17. Δ(デルタ)は、原資産相当額への換算比率を意味しています。これを最適●●●比率と呼んでいます。また、原資産価格の変動に合わせてヘッジ比率を変えていく手法をダイナミック・●●●ングと呼んでいます。
  18. (答え)ヘッジ、ヘッジ

  19. 無裁定価格評価理論では、オプションの本質的な意味を●●●に見ることができます。期待値計算評価法では、オプションの本質的な意味を●●の計算に見ることができます。
  20. (答え)ヘッジ、平均

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