特別講座 アベノミクス(Abenomics)
講師:有馬秀次
1.アベノミクスとは何か
アベノミクス(アベノミックス)とは、第2次安倍内閣(第96代 内閣総理大臣 安倍晋三)が掲げる、デフレ脱却を目的とした経済政策パッケージのことです。
アベノミクスは、「安倍」と「エコノミクス」とを掛けあわせた造語です。
アベノミクスは、次の3本柱で構成されています。
① 大胆な金融政策、② 機動的な財政政策、③ 民間投資を喚起する成長戦略
これを「3本の矢」と呼んでいます。
①金融政策は、インフレ目標2%を設定し、目標達成するまでは、無制限に金融緩和を行います。積極的な金融緩和によって、デフレ脱却を目指します。
日銀総裁、黒田東彦(くろだはるひこ)氏の手腕に大きな期待が寄せられています。
②財政政策は、公共事業で経済を浮上させるカンフル剤の役割を担います。
2013年1月、政府は閣議決定で、緊急経済対策10.3兆円の政府支出を決めています。
③成長戦略は、健康、エネルギー、次世代インフラ、農林水産業の4分野に重点を置き、企業の競争力向上、技術革新を後押しする政策を検討します。
アベノミクスの成長戦略は、内閣に新設した日本経済再生本部を司令塔として進められています。経済財政諮問会議との合同会議でマクロ政策を、産業競争力会議でミクロ政策の策定を行っています。
参考 : 量的・質的金融緩和
2.「期待」が経済の原動力(おカネの流れの類型)
経済とは、人が「おカネ」を使って、モノの生産と交換を行う活動です。この活動は、人の心理状態によって、活発になったり、停滞したりします。
心理状態:「不安」
人の心理状態が、将来に「不安」をもっていると、経済活動は停滞します。
「不安」は、デフレ経済の流れをつくります。デフレは、モノの売れ行きが悪く、物価が下落していく現象です。
心理状態:「期待」
人の心理状態が、将来に「期待」をもっていると、経済活動は活発になります。
「期待」は、インフレ経済の流れをつくります。インフレは、モノの売れ行きが良く、物価が上昇していく現象です。
「デフレ」の流れから「インフレ」の流れへ変えるには、人の心理を「不安」から「期待」に変える必要があります。
上記の「人の心理状態と経済活動の関係」について、経済学では、家計と企業という2つの経済主体の活動で説明します。
心理状態:「不安」
将来に不安があるとき、家計と企業は、ともに消極的な行動をとります。
家計は、所得が減るので、商品の購入を減らします。将来に備えて、貯蓄を増やします。おカネは、貯蓄という形で滞留します。
一方、企業では、モノが売れず、売り上げが減ります。値下げをしても、売上が落ち込みます。減産を強いられるので、設備投資と雇用を減らします。おカネは、内部留保として滞留します。
このように、将来に「不安」をもっていると、おカネの流れが滞留します。
(注)デフレ経済を「縮小均衡の生産と分配の経済」と呼んでいます。
心理状態:「期待」
将来に期待があるとき、家計と企業は、ともに積極的な行動をとります。
家計は、所得が増えるので、商品の購入を増やします。消費が増えて、貯蓄が減ります。
一方、企業では、モノがよく売れます。値上げをしても、売れ行きは変わらず、品不足になります。生産を増やすために、設備投資と雇用を増やします。内部留保が減ります。
このように、将来に「期待」をもっていると、おカネの流れが円滑になります。
(注)上記のリフレ経済(よい物価上昇)を「成長と富の創出の好循環経済」と呼んでいます。
3.デフレ脱却ヘのステップ
デフレは、超過供給(供給>需要)に陥った状態です。
デフレを脱却するには、「短期的政策」と「長期的政策」という、2つの段階があります。
①短期的政策
短期的政策とは、政府が需要不足を補うことで、需給のアンバランスを安定させ、完全雇用水準で均衡させようとする政策のことです。
この政策には、金融政策(金融緩和)と財政政策(財政支出)があります。
金融緩和は、金利を下げて、企業の設備投資を増やすことで、民間需要を増やす方法です。一方、財政支出は、政府が市場でお金を使う(公共事業)ことで、需要を増やす方法です。
②長期的政策
長期的政策とは、規制緩和や新産業の育成によって、供給サイドを成長させようとする政策のことです。これを、アベノミクスでは、「成長戦略」と呼んでいます。
成長戦略は、企業の心理状態を「不安」から「期待」に変換させることで、供給を増やす方法です。例えば、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は、関税の撤廃により、海外との取引を促進させようとする取り組みです。
4.アベノミクスのリスク
アベノミクスの最大の懸念は、金利急騰のリスクです。
アベノミクスの「インフレ目標付きの金融緩和」と「財政支出」は、貨幣供給量を増やす政策です。貨幣供給量を増やすと、金利は下がります。日本銀行が民間銀行から国債を購入するからです(債券価格上昇=金利低下)。
しかし、貨幣が財市場の取引に使われはじめると、金利は上昇し始めます。
それでも、金利の上昇率が、GDPの増加率より小さいうちは、問題ではありません。
金利の上昇が、資金需要の過剰な増加率を抑える役割をしています。このとき、市場メカニズムがうまく働いていると考えられます。これを良い金利上昇といいます。
問題は、金利の上昇率が、GDPの増加率を超えてしまった場合です。
金利の上昇が、資金需要の過剰な増加率が抑える役割を果たしていないのです。このとき、市場メカニズムの金利調整機能がうまく働いていないと考えられます。これを悪い金利上昇といいます。
また、円貨の信用が下落した場合にも、金利は高騰します。信用がなくなると、海外からの投資資金は引き上げられ、資金調達がむずかしくなるからです。
金利が急騰するとどうなる?
金利が急騰すると、日本国債は暴落し、資金調達ができなくなり、国債の債務不履行(財政破綻)に陥ってしまいます。
現在のところ、民間銀行に資金が留まっているため、懸念されるような金利上昇の動きは見られません。しかしながら、今後、金利の動きには目が離せません。
実質GDPの成長率と金利上昇率の関係は、アベノミクスの成否のキーポイントです。金融政策の司令塔である日銀の手腕に大きな期待が寄せられています。
5.アベノミクスの途中経過
アベノミクスは、順調なスタートを切っています。
積極的な金融緩和策を表明したことにより、金融市場での取引が盛況に推移しています。金融市場の投資家心理に「期待先行」を持たせることに成功したのです。
2013年3月現在、為替は、1ドル=80円から96円まで円安が進行しています。
この円安の進行により、輸出企業の業績回復の期待から、日本株が上昇しています。日経平均株価は、リーマン・ショック前の水準にまで回復しています。
ただし、円安の進行は、米国の景気回復が追い風になっています。米国政府がドル高を容認しているためです。
金融市場での「期待」が財市場での「期待」を形成できるかどうか、企業の「期待」形成を促進して経済成長に繋げられるかどうかは、「成長戦略」の出来栄えにかかっているのです。
6.アベノミクスの賛否とこれから
アベノミクスには、反対意見もあります。
①積極的な金融政策に反対する意見
前日銀総裁、白川 方明(しらかわ まさあき)氏の金融政策路線は、「安全」を第一にしたものでした。過度に貨幣供給量を増やすと、インフレ(悪い物価上昇)に陥る可能性があるため、これまでは金融緩和に消極的な姿勢をとっていたのです。
②構造改革に反対する意見
規制緩和をして新規参入を認めることは、既存勢力にとって死活問題です。農業、医療分野をはじめ、問題は山積しています。
日本経済が直面する経済問題(エネルギー資源、少子高齢化、食糧自給率など)は、既存の経済構造における微調整では解決しない難問ばかりです。
では、どうすればよいのでしょうか?
選択肢は一つしかありません。反対ではなく、協力して前進するしか道はないのです。
今できることは、賛成派も反対派も、アベノミクスを成功させるために、知恵を結集することです。
でも、どうすれば知恵がだせるでしょうか?
知恵を出すには、固定観念に囚われないことです。
頭を柔軟にすると、資源問題は、日本の「海洋資源」に目を向ければよいことに気付くでしょう。海洋には、無尽蔵のエネルギーが眠っています。
また、少子高齢化問題は、就業可能な「高齢者や女性」の労働力の活用の場を開発することを考えればよいことに気付きます。
有能な人材は、日本の中に眠っています。日本人の潜在能力は、半分眠っているといっても、過言ではありません。経済の「量」から「質」への転換が求められているのです。
明るい未来に向けて
しかし、これらのアイデアを実現するためには、長期的な視野に立って構造改革を行う必要があります。それには、社会通念(年齢、性別、学閥など)の壁すらぶち破る、若い世代の強いエネルギーが必要です。
アベノミクスが明るい未来を切り開いてくれると信じて、自分の出来ることを考えてみようではありませんか。